SSブログ
リンク&ご支援、ご協力お願いします!
SA・TO・MI ~娘への想い~
http://blog.goo.ne.jp/npo-friends
【ご協力のお願い】広島女子高生刺殺事件:当ブログでの紹介記事

NET de ボランティア総合案内
レッドクリフ+日本赤十字社 活動資金への協力
SayLOVE 2008 ~飢餓・貧困のない世界作り

間寛平 地球1周「アースマラソン」
地球1周「アースマラソン」
EARTH MARATHONYouTubeBLOG

1985/08/12 羽田発大阪行 日航123便 [時事・備忘録]

この事故には、我が家ではそれぞれ思うところが多く、
今でも鮮明に記憶している、衝撃的な事故の1つです。
家族という形を形成する以前の、それぞれの御巣鷹山・日航機墜落事故…。

御巣鷹山…正確には「高天原山(たかまがはらやま)に属する尾根」
※高天原(たかまがはら)は『古事記』の日本神話と祝詞に於ける天津神の住まう場所。

偶然とは言え…

人気ブログランキングへ

【Re:社会部】「御巣鷹山の教訓」いずこへ
7月26日20時46分配信 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/080726/dst0807261953015-n1.htm

毎年、夏の盛りになると胸が痛みます。昭和60年8月12日夕、羽田発大阪行き日航123便ジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落し、520人が死亡。単独の航空機事故としては史上最悪の惨事でした。

3年前、事故から20年となるのを機に関係者の方々に取材しました。なかでも123便の高浜雅己機長=当時(49)=の妻、淑子さんの述懐が印象に残っています。

いわく、機長はあの夏に突然、赤ちゃんのとき亡くした長男の墓参りをすると言い出し、一心不乱に墓石を磨いていた。居間の窓をしゃれた出窓に改装したいと相談すると、「それでは棺おけを出せない」と奇妙な理由で拒んだ-。

淑子さんは深い理由は尋ねなかったそうですが、機長には何かの予感があったのかもしれません。似たようなエピソードはほかのご遺族からもうかがいました。人知を超える運命の糸にたぐり寄せられた、とでもいうのでしょうか。

国土交通省のまとめによると、航空事故につながる可能性もある「安全上のトラブル」は、昨年1年間で実に730件。天災以外の事故は必ず防止できるはずですが、“あわや”の状況は今も少なくないのです。

御巣鷹の教訓はどうなってしまったのでしょう。悲しき運命論には二度と触れたくないのですが…。(孝)

私は当時専門学校の2年生、ゼミの仲間が東京より大阪へ帰省する日だった。
その日遅くに、本人から無事到着の連絡を受けるまでは気が気ではなかった。
彼は1便早い日航機に搭乗していたらしく難を逃れたそうだ。

主人は当時まだ自衛官で、幕勤めで勤務明け直後の事故だったと言う。
この日から数日間、自宅に戻る事が許されなかったと言う。
オペレーションの指揮のため、現場へ足を運んだ事もあったそうだ。

「地獄」と、言う表現がこの為にあるのではないかと言う…
それほどまでに、凄ましい現場だったそうだ。

現場サイドからは「弁当に肉類は入れないでくれ」との要求もあり、その状況を窺い知れるものとなった。
特に「しょうが焼きは勘弁してくれ」と、要求された際に「何故?」と、
質した時に周辺に漂う焼け焦げた臭いと同じ匂いがするから…と、言われたそうだ。

123便の事故のついては、後日追悼記事を上げたいと思っているので、
今回はココまでとしておきたい。


▼参考リンク
■日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る20年間の記録
(1985年から現在までの記事を蓄積)
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm
日本航空 123 便事故 御巣鷹山 悲劇の真相
(データに基づく客観的な技術的検証が行われている)
http://www1.odn.ne.jp/~cck42770/index.html
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0



 ポイント ちょびリッチ ポイントサイト「ポイントインカム」 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。